最高裁判所第一小法廷 昭和52年(行ツ)107号 判決 1978年2月16日
東京都文京区千石三丁目二五番二号
上告人
高安きみ子
右訴訟代理人弁護士
近藤與一
近藤博
近藤誠
東京都文京区春日一丁目四番五号
被上告人
小石川税務署長
臼井満
右指定代理人
五十嵐徹
右当事者間の東京高等裁判所昭和五一年(行コ)第一二号贈与税決定取消請求事件について、同裁判所が昭和五二年七月二七日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人近藤與一、同近藤博、同近藤誠の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原判決を正解せずにこれを論難するものであつて、いずれも採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岸上康夫 裁判官 岸盛一 裁判官 団藤重光 裁判官 藤崎萬里 裁判官 本山亨)
(昭和五二年(行ツ)第一〇七号 上告人 高安きみ子)
上告代理人近藤與一、同近藤博、同近藤誠の上告理由
理由第一点 原判決は事実において、「解せられない」「相当でない」までを次の通り改める、(原判決書三枚目裏八行目から九行まで)「解せられず、むしろ長年既存の建物に同居し工事に先立ち夫婦間で充分話合がなされていると認めるのが相当であることを考慮すると、本件工事に先立ち附合によつて生ずることあるべき償還請求権を予め放棄する旨の合意が黙示的にされていると解せられる」云々と事実を摘示しあるが、「被上告人は第一第二審において上告人は夫に増改造した工事代を支払つていないから相続税第九条によりみなす贈与に該当する」と主張したが、支払つていない事由事実については、何等の主張及び事実を立証していない。しかも上告人が原審において被上告人(原審被控訴人)に対し、控訴人が夫に償還債務を支払つていないという主張は「控訴人の夫が償還債権を放棄又は免除したとの主張であるかの釈明を求める」と主張したが、(原審控訴人昭和五一年四月二六日付準備書面七枚目表八行目から同枚表一行目まで参照)被上告人は釈明せず答弁主張もしなかつた。本件は実質上は被上告人が原告である。しかるに、被上告人は、工事代金を支払つていないからみなす贈与であると主張しながら、何等の事由も主張せず、また事実も立証しない。しかるに、原判決は、「本件工事に先立ち附合によつて生ずることあるべき償還請求権を予め放棄する旨の黙示的になされていると解される、云々と判示したるは、主張のない事項、事実の立証ない事実にて判断した違背があり、理由不備、審理不尽、理由齟齬した法令違背である。違背は判決に影響を及すこと明らかなるをもつて原判決は破毀を免れない不当の判決である。
理由第二点 原判決は理由において、当裁判所も原審と同様に控訴人の控訴請求は理由がないと判断するが、その理由は次のとおり付加訂正するほか原判決の理由欄の記載と同一であるからこれを引用する、(原判決七枚目表五行目「(一)の事実は、」を「(一)の事実は、増改築工事代金額を除き」と改める。
「認められ、また支出した増改築費用分に当る所有権を夫安寿のもとに留保したいとのことであれば増改築後の建物を安寿と共有してその旨登記すれば足りるのに本件では控訴人単独所有のまま増改築の変更登記のみがなされた経緯に照らすと本件の増改築あるいは右変更登記が控訴人と安寿との間で控訴人が償還債務を負うとの前提で行なわれたとは到底認められず、控訴人主張するように右増改築が安寿の弁護士事務所移転を契機として行なわれたもので現に安寿が事務所として使用中であること、あるいは工事費用が小額なものでないことの事情」原判決八枚目裏八行目」「従つて」から一一行目「というべきである」までを次のとおり改める「すなわち控訴人夫婦間においては本件の増改築に当つてあらかじめ増改築の建物の全部の所有権を控訴人に帰属せしめる合意をしたか、もしくはその附合によつて生ずる償還債務を明示又は黙示に免除したものと解される、云々と判示した(原判決書六枚目表七行目から七枚目表七行目まで)
しかしながら増改築部分の所有権は不動産附合により取得したのであつて上告人と上告人夫の間で合意契約によつて取得したものでない、しかも、附合によつて取得した事実は原審は認定しているので矛盾した理由である。
上告人の夫は中央区日本橋人形町一の一鉄筋五階建一階に長年法律事務所を有し弁護士業をしていたが昭和四三年一〇月頃事務所のビルの所有者が代り賃貸人の要請で代りの事務所を借り移転することになつたが同程度の事務所がないので事務所を得ることができなくなり、しかも明渡約定期日は迫つて来るので急遽自宅を事務所に増改造し移転することになつたものである。従つて増改築する当時、上告人の夫と上告人間において増改造部分の所有権の帰属及び工事費用の償還債権などで話合つたことはない。これ増改造費用部分の所有権は附合により建物所有者上告人の所有になり、代りに工事費用の償還債務が生じたのは、契約又は合意によるものでなく法規によつて決つているのであるからあらためて話合うことはあり得ない、工事が完了し夫が工事費用を支払つたとき夫から工事費用償還の話があつたが増改築した建物は、夫が法律事務所に使用しているので使用をやめた際、償還することにしたものである。
また増改造変更登記したのは事務所の南裏側には木造平家建住宅があり〇、五メートルしか距離がなく石油ストーブを使用しており、事務所の東西にも隣家あるので、いつ火災があり類焼するかわからず、その場合損害賠償金のこと、また火災保険金支払契約するにも変更登記する必要があり、さらに夫が事務所に使用しなくなれば譲渡するので譲渡するには変更登記しなければならない、これらの事情から、早かれ遅かれ、変更登記せねばならないので夫に関係なく上告人は登記したものである。従つて変更登記に当つて夫と所有権、償還債務などで話合する必要もないので話合つたことはない。しかるに原判決は前述の如く増改築費用部分の所有権を夫のものに留保したいのであれば増改築後建物を夫と控訴人の共有としてその旨登記すれば足るのに控訴人の単独所有のまま増改築変更登記のみなされた経緯に照す云々と、判示しあるが曲解も甚しい、けだし、建物増改造すれば建物に附合し建物所有者の物になるので上告人夫婦の共有登記はできるものでない。しかも原判決は第一審判決の事実欄第二及び第三記載と同一であるから引用すると判示しある、第一審判決は、増改造部分は附合で上告人の所有になつたこと、工事費用償還債務が生じた事実は認めてある。しからば、原判決理由は矛盾し理由不備、理由齟齬した法令違背の不当な判決で違背は判決に影響を及すこと明らかであるからこれまた破毀を免れない判決である。
理由第三点 原判決はさらに、控訴人は証拠とし甲第九号証及び第十五号証を提出しているが甲第九号証の記載内容は真意に出たものと考えられず、又第十五号証によると控訴人は昭和五二年五月二一日受付で建物に費用償還請求担保の抵当権設定登記の事実は認められるが登記は口頭弁論終結直前なされたもので真意に基づかないものとしか考えられない云々、本件増改築に当りあらかじめ増改築後の建物所有権のすべてを控訴人に帰属する合意したか、もしくは安寿において増改築による利得の償還義務を免除したものと認められその前者には債務は生じないしそうでなくして附合による利得償還が生じ右の免除の合意がないとしても控訴人の主張によればその履行期は安寿が将来弁護士を廃業してその事務所として使用する必要なくなつた時というのであつていつのことかわからない不確定なもので履行期がそのようなものであるとすると債務があると云つても無きに等しいのである。原判決九枚目表二行目から一〇枚目表四行目まですべて削ると判示した。(原判決書七枚目表八行一五字目から八枚目表七行まで)
しかしながら、原判決は曲解も甚しい、けだし、附合による所有権取得、工事費用償還債務は工事完了し工事代金支払つたときすでに、法的に決つており償還債務は後に償還することになつていたからである。甲第九号証は上告人が東京国税不服審判所に審査請求し審判官から償還債権請求書提出してはどうかとの話があつた、夫が工事代金を支払つた当時、夫は他の者との関係もあり、上告人が法律を知らないこともあるので、附合によつて増改造部分の所有権が上告人所有になつたこと、支出した工事費用四二〇万円の償還債務は、弁護士を辞め事務所に使用しなくなつたとき償還すべきである旨の通知書を渡されてあつたので、それを同審判所に提出したものであり、同審判所の同審判記録には写が添付されている、従つて同号証は、夫の真意のことでなくありのままの事実を記載し上告人に渡したものである。同審判所へ提出したものであるので原審に提出したものである。
また昭和五二年五月二五日受付で本件建物に工事費用償還請求権の抵当権を設定登記した事由は、本件増改造工事した当時、上告人の夫は七六才(明治二八年九月六日生同人証言調書参照)で、日本人男の平均寿命は七〇才と公知されている。上告人の夫は健康であつたので償還債務履行期が遅れるときは第三者との関係もあるので、増改造した建物に償還請求債権の抵当権設定登記することになつていた。(原審控訴人昭和五二年五月四日付準備書面三枚目裏九行目から一〇行六字まで参照)上告人は子供直系尊属はないが、実妹、実弟がある、上告人は夫より年齢は若いが夫が必ず先に死すとは限らず、上告人が万一先に死した場合実妹、実弟は遺産相続権を有し、増改造した建物の遺産は複雑になる、ことに事務所を増改造した建物に移転後は、弁護士の信用落たか年齢のためか事件が減少し本年になつてからは新事件は無く心細くなつたこともあろうし、償還債権があること法規上も明確で当事者間に争もないのに、被上告人からは上告人の夫は償還債権あつても請求しないだろうと誤解せられ迷惑した。右各事情から抵当権設定登記したのである。従つて原判決摘示したように、上告人夫婦が話合い、存在しない償還債権と仮装し仮装抵当権設定したものでない、上告人の夫は未だ老衰はしないが足腰が悪く数丁も歩行すること困難で、このままの状態があと一、二年続くが限界があろう。しからば、原判決は審理不尽理由不備事実理由齟齬した法令に違背した判決でありこれまた破毀を免れない不当の判決である。
さらに原判決は事実において「控訴人は本件建物は夫の安寿が占有しあると主張するが、安寿が単独で占有しているものでなく控訴人もまた占有してあるのであるから安寿が返還するまで工事費用の不当利得の償還債務の履行を拒みうるとの主張はその前提を欠いている」と判示しあるが(原判決書四枚目表四行目二一字目から八行目四字まで)しかし、一戸の建物に夫婦子供が同居している場合、建物の所有権が、たとえ妻、又は子供の所有であつても所有権と占有権とは異なるを以て占有権は生活の中心たる夫が有するものであつて、妻子には占有権はない、たとえ、あつたとすればそれは夫の代理占有で独立した占有権ではない。しかも夫が事務所に大部分使用占有している。されば原判決はこの点においても審理不尽理由不備齟齬した法令違背があり破毀を免れない不当の判決である。
理由第四点 原判決は理由において、控訴人の新な主張について「控訴人は本件の改築部分が相続税法第二一条の三、一項三号の非課税財産に該当すると主張するが、これが生活費用にあてるためにした贈与により取得した財産で通常必要を認められるものでないことは明らかであるから右主張も理由もないと判示した。(原判決書八枚目裏四行目から八行目まで)しかしながら、上告人(原審控訴人)の主張は斯様な主張でない。
上告人の主張は本件贈与は債務付の贈与(債務負担付贈与)である。すなわち、上告人は増改造工事部分を附合により所有権を取得し、同時に工事代金額の償還債務を負担したので贈与に因り財産取得した時、贈与に因り取得した財産には工事費用の償還債務がある。よつて、附合による所有権取得が贈与に該当するというのであるから、贈与に因り財産取得した時、工事費用の償還債務があり、贈与に因り取得した財産価格から控除した金額が贈与財産額である。これ相続税法第二二条で明らかである、その債務は履行期が未到来で履行期が、たとえ長期であつても履行期はおのずから確実である。債務が贈与に因り財産取得した時、債務がある限り、その債務額は贈与額より当然控除すべきである。しかるに被上告人は本件課税決定するに当り償還債務あることを看過し贈与財産額より控除しないで課税決定したるは不当違法の決定で取消すべきである旨の主張したものである。
(原審控訴人昭和五一年四月二六日付準備書面五枚目裏三行目より十行目まで及び昭和五一年八月二五日付準備書面四枚目裏四行目から六枚目表五行目まで参照)しかるに原判決は、その主張事実を誤解し判断せず、相続税法第二一条三、一項三号に該当しないと判示したが、上告人の相続税法第二一条三、一項三号の主張は債務付贈与主張に附随した主張で扶養義務者間の生活のための贈与は一般的に行われ同条はこれを規定したことを主張したもので独立した主張でない。しからば原判決は上告人の主張事実に判断せず理由を附せず理由齟齬した法令に違背した不当の判決で違背は判決に影響を及すこと明らかなのでこれまた破毀を免れない判決である。
以上